冴島大河

投稿日:2014/03/09
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最近、毎晩テンションが高くて困っています。
プレステで「龍が如く4」をやっているのです。
このシリーズは今までは「桐生一馬」が主人公でしたが、
この4では四人の男が、それぞれの段落で主人公になっています。
「秋山俊…誰彼構わず金を貸すという謎の金貸し」
「冴島大河…過去にたった一人で十八人もの極道を殺害した死刑囚の男」 「谷村正義…神室町のダニと呼ばれる汚職まみれの若き刑事」
「桐生一馬…過去にこの街で幾度と無く奇跡を起こしてきた、伝説の元極道」
秋山はケリ、冴島はパワー、谷村はサブミッションを駆使して、敵をやっつけて、話を進めるのですが、
このゲームの面白い所は、全シリーズを通して、本筋意外の街歩きにあります。
キャバクラに通ったり、
コインロッカーの鍵を拾ったり、
カップ麺の開発を手伝ったり、
食い逃げ犯を捕まえたり、
キャバクラ嬢を育てたり、
カラオケで手拍子したり、
ホストに就職したり、
マグロを釣ったり、
まだまだ沢山のサブストーリーがテンコ盛りです。
ですが、今回の主人公の中の「冴島大河」は、脱獄囚という設定のために、
街を歩けば警察官に「おいっちょっと待てっ」と追いかけ回され、ろくに街が歩けません。
マンホールに潜り込んで地下を移動し、極力目立たぬよう、騒ぎを起こさぬよう過ごし、
お金が稼げないので、ゴミを拾ってそれをポイントに交換してもらって、
そのポイントが使える屋台で雑炊を食べる毎日でした。
知らず知らずの間にフラストレーションが溜まっていたのでしょう。
「谷村正義」になったら、キャバクラ遊びに精を出し、
自由を謳歌していました。
そして、ようやく最近、「桐生一馬」が登場したのです。
馴れ親しんだ技、台詞、思考回路、全てがジャストフィットしています。
昨晩は『コインロッカーレーダー』や『モテモテ腕輪』も手に入れました。
あと、是非とも手に入れたいのは『カリスマの写真』です。
こんな事を書き連ねていますが、私自身は大丈夫なんでしょうか。


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甥子姪子

投稿日:2014/03/02
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かつては自分も子供だったはずなのに、
大人になると子供の頃の気持ちはすっかり忘れてしまうものです。
先日、妹宅へ子供たちの誕生日プレゼントを
2ヶ月遅れで持っていくというダメっぷりでお邪魔しました。
ひとしきりプレゼントを堪能したあと、
お楽しみの標的は私へと移行しました。
2人の子供の総攻撃が始まりました。
殴る・蹴る・頭突き等の攻撃で向かってきます。
小さい子供ですので大して痛くはないのですが、
子供の方が肩で息をするほど全力投球です。
「よっしゃ!とりあえず、休憩や!」と一時中断を提案し、
各々牛乳を飲んだり、ソファで休息を取ったりした後、再開です。
すると下の子が小声で兄に提案をします。
「やっつけよう」
その提案に乗っかり2人掛かりで私をやっつけようとします。
乗る・引っ張る等の攻撃で何とか私を床へ床へと導きます。
その時、ふと思いました。
彼らにとって私はどのようなモノになっているのだろうか。
怪獣なのか? 怪人なのか? 妖怪なのか?
瞬時に自分と相手とのキャラを設定し、なりきるという気持ちは、
私自身かつて持っていたはずなのに、
大人になると「で?なんで?」という理由を求めたがっている事に気付きました。
結局、私を倒す前にその「ごっこ」は終焉を迎えたのですが、
彼らは悪と戦った感をにじませながら満足そうな顔をしていました。
子供の柔軟さは他にもあります。
現在、仮面ライダーというのは色々なキャラが生まれていきます。
こないだ「仮面ライダー○○」という話をしていたのに、
今の仮面ライダーはもう新しいものになっています。
一番新しい仮面ライダーについて、色々教えてもらったのですが、
ダンスをして果物を身につけるという、よく分からない情報を得ました。
詳しくは分からないのですが、かいつまんでそう理解をしました。
設定として疑問がたくさんあるにも関わらず、
子供はさもありきといった体でダンスをして果物をつけた仮面ライダーを受け入れるのです。
そう言われてみれば、かつての仮面ライダーを見た時も、
なぜあのスタイル、なぜショッカーは覆面、など色々思う要素はあったはずなのに、
さも当然といった体で仮面ライダーの世界に入りきっていました。
柔らかい心というのは、大人になっても時として必要なのかもしれませんね。
次の仮面ライダーは、俳句を詠みつつ、魚介類で攻撃なんてどうでしょう。


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選手帰国

投稿日:2014/02/26

オリンピックの選手が帰国したと、
朝からニュースはそればかりをやっています。
お疲れ様と言いたいところですが、
私としてはオリンピックが終わったんですから、
いい加減、もうちょっと普通のニュースを流してほしいと思うのです。
今回のオリンピックでは、
男子フィギュアで唯一、羽生さんが金メダルを取りました。
帰国する羽生さんを空港で待つファンの横断幕には、
羽生さんに対する思いの丈を複数人が綴っており、
熱烈度が見受けられます。
そんな羽生さんのファンの中に、
なぜかくまのプーを携えている人がいました。
ネットの検索で「羽生」と入れると「羽生 プー」と出てきます。
一体どういう関係なのでしょうか。
調べると、どうやら羽生さんはプーさんが好きなようで、
理由としては極度のあがり症な自分だが、
常に変わらない表情のプーを見ていると心が落ち着くんだそうです。
衝撃を受けました。
私の中のプー像にはそういった要素が全くなかったからです。
プーとしっかり出会ったのはゲームの中でした。
常にはちみつを欲し、どうでもいいことに頭を悩ませ、
自分の付けた足跡を見て「自分以外の誰かがいる!」
と騒いでみたり、風船に乗って木の上のはちみつを食べるから、
襲ってくる蜂を追い払えと無茶ぶりされたりしました。
「しょうがないな・・」を通り越したマイペースぶりを発揮し、
ゲームの中と言えど何度プーに対してツッコミを入れたか分かりません。
常に変わらないという点においては、確かにそうであると感じるのですが、
例えば穴から出ようとして尻が引っ掛かり、
お腹がへこむまで待つしかないという状況においても、
仮に私がそのような状況に陥ったら何としてでも脱出を試みるのですが、
プーに至ってはあの淡々とした表情で腹がへこむまで過ごすわけです。
腹がへこむ間の排泄関係はどうするつもりだったのでしょうか?
そこの部分だけ野生に戻るつもりなんでしょうか?
ゲームの続編で久しぶりに再会した際に、
『こんにちは、どっかの誰かさん』
と残念な挨拶をされて、
『プー、俺の事、忘れちゃったの?』
と嘆く主人公ソラを尻目に、
『おのれっ黄色、あんだけ世話したったやろがっ』
と叫んだ事もありました。
何にせよプーを見ると、心が落ち着くのとは逆方向の現象が私には起こります。
あのとぼけた表情が「癒し」とは中々思えないのです。
それが、トップアスリートとただのアスリートとの感性の違いなのかもしれません。
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愛猫約束

投稿日:2014/02/13

猫と暮らすための10の約束という記事が載っていました。
私はかつて猫を飼っていたことがあります。
自分の食費もままならない中、銀色のチンチラを飼ってました。
名前は映画「ポンヌフの恋人」から取って、「ミッシェル」でした。
その当時の自分と照らし合わせてみたいと思います。

1.わたしの中にはたくさんのわたしが存在するの
(気まぐれな態度を取るのが猫)
→人間だって気まぐれな態度で接します。

2.わたしは小さな犬じゃないのよ
(猫なので、猫用の餌を用意して)
→ドックフードのが安価でしたので、犬用でまかなっていました。

3.わたしは自分で体をキレイにするのが大好き
(もし、身体が汚くなってきたら体調が悪いと言うサイン)
→それでも人は自らの手で洗いたくなるものです。

4.こう見えて私はヤキモチなの
(存在を無視しないでほしい)
→アピールはむしろ猫側の方が積極的でした。

5.わたしは自分のリズムで生活するのが好き
(飼い主の都合で構い過ぎたり、無視しすぎたりしないでほしい)
→飼い主だって自分のリズムで生活するものです。

6.わたしは高いところから眺めるのが大好き
(高い所へ登れるようにしておいてほしい)
→家に帰るとカーテンレールの上で身動きとれない場合を多々見ています。

7.わたしの腎臓はとても働き者なの
(水をたくさん飲めるよう用意してほしい)
→ボウルに一杯。不十分でしょうか。

8.引っ越すときは、何があってもわたしを連れて行ってね
(家の中の生活になじんだら、外では生きていけないもの)
→網戸を破って外の世界へ飛び出して行きました。

9.わたしにはあなたの気持ちがわかるのよ
(飼い主の気持ちを理解してますよ、のどをゴロゴロするしかできませんが)
→構われたい時には得意の気まぐれな態度で接してきます。

10.わたしの時間は、あなたより早くすぎていくの
(一緒に暮らした日々を覚えておいてほしい)
→何かって言うと金玉をもんできたアナタを忘れたことはありません。
あとゴミ箱のクリスマスで使ったクラッカーを食べて下痢をして、
肛門から紙テープを引っ張り出し続けた時間も鮮明に覚えてます。

10の約束を果たしていたかは分かりませんが、
私はミッシェルを何よりも可愛がっていました。
エサだけは、申し訳なかったと思っています。
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多分敗北

投稿日:2014/02/08
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冬季五輪が開幕しました。
昔からどちらのオリンピックに興味が無いので、
メディアのフィーバーっぷりを避ける期間の始まりです。
まず、朝の新聞のスポーツ欄は下の方の
プロ野球のキャンプ情報を拾い読みで終了です。
メダルなんて獲得しようもんなら、一面もスルーです。
社会面も親や恩師まで登場してくるパターンがあるので注意が必要です。
テレビはオリンピックの事が出るとチャンネルを変える傾向です。
興味がないというと、「どうしてだ?」と思われがちですが、
様々な競技があれども、やったことがないと
興味自体が沸かないのは致し方ない事だと思うわけです。
その競技の素晴らしさや選手の素晴らしさなどを
伝えようとしてもらうのは一向に構わないのですが、
全員が全員食いつくわけじゃねぇぞ、と一言いいたいのです。
なおかつ、オリンピックにおいてどうしてもイラっとすることがあります。
それはこういう場には必ず出てくる「松岡修造」です。
彼の熱量は私の心をどんどん冷えさせていきます。
彼が語る選手のすごさなどは、かえってマイナスに聞こえてしまいます。
悪いのは選手ではありません。
そんな松岡修造ですが、ある逸話があります。
話は変わりますが、ここ最近また寒波がやってきて、
日本列島が冷気に包まれています。
三重県でも久方ぶりに積雪の恐れなどとテレビは言ってきています。
なぜ、日本はこんなにも寒くなったのか。
松岡修造が今、日本から離れているからだそうです。
逸話というのは、松岡修造が日本の天候を握っていると言う事です。
オリンピックの為、ソチに向かった松岡修造を確認するかの如く、
日本列島は寒波に包まれています。
以前も、そういったことがあった為、
松岡修造が日本の温暖化の一因となっているとまで言われています。
どこまで熱いのでしょうか。
昔からですが、寒さには本当に弱い私です。
できれば家から一歩も出たくないくらい冬は好きではありません。
松岡修造に対しては良い印象を持っていませんが、
彼がいることにより、少しでも気候が温かくなるというのであれば、
何か負けた気持ちがすれども「いて下さい」と言わざるを得ません。
そして雪が降るかもしれないと言われている今日、
私はそれとなく「松岡修造、日本へ・・」と思ってしまうのです。
完全なる負け戦です。


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三月連続

投稿日:2014/02/02
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クロマニヨンズのリリース情報を仕入れました。
2014年4月9日に「13 PEBBLES 〜Single Collection〜」
2014年5月14日に「20 FLAKES 〜Coupling Collection〜」
を出すんだそうです。
更に2014年6月発売には、初のMUSIC VIDEOコレクションの
リリースが決定してるんだそうです。
昨年末にライブアルバムを発売してますので、
ファンにはたまらないリリースラッシュとなっています。
ワクワクしながら、4月と5月の収録曲を見て、
新曲が入ってない事に気付いてしまいました。
全てシングルCDで発表済みの曲で、それらを集めた形でした。
ブルーハーツからハイロウズ、クロマニヨンズ、オマケにヒューストンズと
ヒロト&マーシーを聴き続けてきた私には、
今回のラッシュがブルーハーツ&ハイロウズの解散の時とダブってしまって気が気ではありません。
例えば子供の頃、一休さんを見ていた時、
話が進んでいって、指に唾をつけてトンチを発動仕出すと、
「もうそろそろ終わりを迎えそうだな」というのが、
そこはかとなく分かります。
それは一つのストーリーが終わることであり、
どれだけ夢中になっていても話が終われば終わるということに、
何かしらの諦めのようなものがあったりするので、
終わりを迎えるのは致し方ないと言う心構えは、
子供の頃から知らず知らずの内に学ぶものではありますが、
音楽と言う点でいくと明確な終わりというものはないものです。
だからこそ、まだまだ足りないと言う欲望がうずまき、
いつまででも続けていって欲しいと切望してしまうのです。
当よみものは一応、1話完結といいますか、
便所文庫を目指していますので尻切れの良い状態で出しており、
いつでも始まりがきて、いつでも終わりが来ると言うスタイルとなります。
どんなによみものファンであっても、
「もうそろそろ終わりを迎えそうだな」というのが
全く分からない仕上がりになっているので、
いつまででも続いていくんだろうな、という好意的な思いと、
いつまで続くんだろうな、というもっともな思いを感じながら、
千代の富士が「体力の限界」と言った時のように、
「脳みその限界」と自らが思うまで頑張っていきたいと思います。
ですのでクロマニヨンズの皆さんも、
私に負けずにどうかいつまででも頑張っていって下さい。
マーシーがメインヴォーカルもする新しいバンドがすぐ出来るんなら、
それはそれで楽しみにはしてしまうんですが。
「ガタガタゴー」以来になるのでしょうか。


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生活習慣

投稿日:2014/01/29
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知らず知らずの間に、ライフスタイルは確立されているという事を実感しました。
金曜の夕方に発熱し、近所の個人病院に三年ぶりに行きました。
ここの院長は、後ろ髪の長い白髪のお爺さんで、
呟く様に小ボケを重ねる話術が持ち味です。
元気な時であれば、いちいち拾い、時には泳がし、縦横無尽にツッコミを入れ、
広げ、振り、被せ、爆笑に持っていく事も可能ですが、
いかんせん、毎回こちら側がへたっている時にしか絡みがないので、
ただただ腹立たしい気持ちでスルーせざるを得ません。
『症状や経緯から、インフルエンザの疑いが高いです。
が、調度、潜伏期間で、インフルエンザキットでは陽性反応が出ない可能性が高く、
陰性の場合はインフルエンザの薬は処方出来ない。
検査を受けるか受けないかは、アナタに決めて頂きます。さて、どうしますか、○か×で。』
みたいなシビアな内容を、小ボケ混じりに伝えられ、
熱っぽい私は『○』としか言えません。
検査の結果は陰性で、院長は『残念』と言い、
漢方と解熱剤を処方しました。
その夜、39.7度という、記憶の中でも最高温をたたき出し、
翌朝、院長を訪ねました。
夕方から今朝までの数々の苦しみを聞き取り、インフルエンザの再検査、
無事にA型の陽性反応が出て、タミフルを処方されました。
それから、お茶のみで何も食べず、風呂も入らず、体温を測る事とよみものを朝アップするだけの生活が月曜まで続きました。
72kgだった体重は60kg台に突入し、ベルトの穴は一つ縮み、体力が無くなっているのかすぐに疲れ、野良犬が逃げなくなり、数日振りの煙草は非常にい辛っぽく感じました。
仕事やデートを総キャンセルした私が、
タミフル片手の復帰初日にまずした事は、
しょんないTVのバックナンバーを読む事でした。
私のライフスタイルはインフルエンザごときでは、変わらないみたいです。
内容はローカルCMの検証で特別ゲストがまりんでした。


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駐車事件(2)

投稿日:2014/01/16
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(昨日の続きです)
警察に電話をすると『すぐ向かいます』と言われ、『我々の到着までにお互いに連絡先を交換しておくように』指示されましたが、
いかんせん罵倒の後でそんな作業は不可能です。
警察がくる前におばさんが車を移動させようとするので、
「オイッ動かすなやっ」
「このそばにいたくないだけです」
「キズがずれるやろがっ」
「…そもそも当たってません」
「お前、チラッと当たった言うたやんけ」
「…言った記憶はありません」
といがみ合いは続きます。
おばさんはアチコチに電話をして援軍を求めています。
「そうそう、そこのスーパーで、えらい目に合うとんの、すぐに助けにきてよ」
「私、怖くて気が狂いそうやわ」
いかんせん平日の昼間ですので、
最終的にやって来たのは乳母車を押したお婆さんだけでした。
そのサポーターのお婆さんに、
「当ててもないのに怒ってきて、警察にきてもらうの」
と愚痴ってますが、ここで声を出したら殴ってしまう衝動に飲み込まれ、
最終的に負けるのは確実の為にグッと無視していました。
ようやく警察官二人が到着し、双方の意見を別個に聞かれ調書をとられました。
現場検証というか実地確認が始まり、おばさんのドアを開けてキズにピッタリとフィットする事や、
キズが白い事、おばさんのドアに黒い塗料が付いてる事を四人で確認し、
おばさんの悪事がようやく立証されたのです。
写真を撮り、免許証や車検証をコピーし終わった警官が「あとは保険屋さんを交えて修理のやり取りをしろ」と指示し、
おばさんを諭しだしました。
警察官「こんな時はまず謝らなさ」
おばさん「謝りました」
私「お前謝ってへんやんけっスタスタ行ったがなっ何買うつもりやったんやっ」
警察官「まあまあアナタも落ち着いて。とにかくキチンと謝らないかん」
おばさん「すいません、気づかなかったので」
私「気づかんって何やっハナから言うとったやろがっ、だいったいおのれは…」
警察官「落ち着きなさいっ」
おばさんの担当の保険屋はその日はお休みで、明日以降に連絡がくる予定です。
ちなみに前に乗っていた車では3回オカマを掘られたことがあります。
そして今回の被害も含めて、すべておばさんが原因でした。
私とおばさんと車の相性はすこぶる悪いようです。
おばさん方、車を運転する際は私にお気をつけください。


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駐車事件

投稿日:2014/01/15
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スーパーの駐車場で昼ご飯を食べていました。
休憩的な利用の際は、端っこの建物から離れた地点を選ぶのがエチケットです。
食べおわる頃、「ドシンッ」と衝撃がしました。
びっくりして窓の外を見ると、いつの間にか駐車していた隣の白い車から、
おばさんが降りようとしていました。
どうやら降りる際にドアを勢いよく開けてしまったので、
私の車体に当たったみたいでした。
おばさんがドアを開けたまま、固まっているので、
私の方のドアは開ける事は出来ません。
気を取り直して謝罪されるのを待っていましたが、
再度振り返るとおばさんはすでに車から降りて、
スタスタとスーパーに向かって歩きだしていました。
『エーッ?』と思って「オイッ」と叫びましたが、
窓を閉めているのでおばさんに聞こえるはずがありません。
慌てて降りて追いかけ、現場へ戻しながら、まず謝る事を求めました。
おばさんは近づいて、「何を?」と発言しました。
「何をって何?当たったやん、謝りなよ」
「いえ、当たってません、当たった瞬間に引きましたから」
外からドアを見ると、白い線がクッキリと入っています。
「コレ見ろさ、キズやんけ、白い線入っとるがな」
「最初からかも知れません」
「いやいやいやいや、じゃあドア開けろさ、ピッタリ線と合うに」
「…そういう義務はありません」
「…お前、なんやねんっ」
「…目上の者にお前とは失礼です」
「目上やないやろ、まず『すいません』やろっ」
「…やったという証拠はありません」
「…謝れやっ老いぼれっ」
「…警察を呼びますよ」
「はあ?呼べ呼べ、つうか俺が呼んだらあ、ボケが」

警察へ連絡した後のやりとりは明日へ続きです。
怒りの為か、文字が上手く打ててませんが、お許しください。


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垂流現象

投稿日:2014/01/13
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プライベートでは他人との関わりを極力省略したい私にとって、
昨今のネットによる情報垂れ流し現象は、頭の痛いところです。
コイツは垂れ流しの性癖があると解っていれば、
こちらもそう認識して、ソイツに近づかないように生活したり、垂れ流され仕様の作った自分のみで接していれば済むのですが、
流行りに流されて垂れ流す人が増えれば増えるだけ、その見極めが難しくなります。
1カメの動きだけを注意しておけばセーフだったのが、2カメ3カメ、100カメと増え続けるイメージです。
私は、ますます殻に閉じこもるしかなくなる流れです。
例えば、二股交際の相談をされて、自分なりに相手の立場になって考えて、で答えた内容を、
『先日○○も居酒屋でこう言っていた』と垂れ流されると、
さも自分も二股の渦中にいる、しかも呑気に酒を呑んで語ってる、カラオケまで行ってると認識されてしまいます。
その上に知らない所で、全く知らない奴らに『イイネ』を重ねられたりもするのです。
どうなんでしょう。
で、どんどんデフォルトされていき、自分の知らない世界で、本当の自分とは違う人間像が育まれていくのです。
例えば「コレ自分です」「ココへ行きました」「夕食はコレ食べました」と写真をアップする際に、
白目をむいてたり、汚い部屋が後ろに写ったり、歯糞が丸解りした写真は選びません。
不細工は不細工なりにマシな写りの写真を選び、高評価を得られるであろう出来事を選びます。
こう見られたいと作製した自分を、こう見られたいと作製した他人が、『イイネ』『イイヨネ』と評価しあってるのが気持ち悪く感じます。
それが楽しい人を絶滅させたい訳ではないのですが、関わりたくない気はします。
得てしてそういう人は、ここまで言っても、まだ仲間に入らせよう入らせようと執拗に働きかけてきます。
仮に、私が本当の自分を垂れ流しだしたら、一番先に逃げ出す人種だという事もコチラは解っています。
今の私は「よみもの」で手一杯です。
それを誰も望んでなくとも、ココでのみ「糞みたいな自分」を垂れ流していくのです。
いまだにデフォルトの意味は解ってはいませんが。


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