入場行進

投稿日:2013/07/22
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高校野球三重大会で全ての参加校が一試合を戦い終えました。
数えたら32試合ありました。
毎回、大会前にトーナメントをチェックして、
ベスト8迄を予想してます。
その中で今回は一回戦で次の七試合の予想が外れました。
伊賀白鳳−津工
四日市四郷−南伊勢
稲生−津
川越−久居農林
相可−桑名
四日市西−上野
名張西−津東
左が勝ちです、七校の選手諸君には「お見それしました」の言葉を贈ります。
開会式のテレビ放送を見たのですが、
石薬師高校が棄権して入場行進に参加しておらず、
唯一の三年生がユニホーム姿で、監督と思われる男性と並んでスタンドに座ってました。
チーム紹介表によると、
『二年前の大会以来の公式戦。唯一の三年で主将の○○を中心に、基礎練習を徹底。初戦突破を目指す。』
部員数は11人でしたが、基礎練習に嫌気がさして辞めたのでしょうか。
更に、あけぼの学園は入場行進には参加したのに、
その行進に七人しかいませんでした。
チーム紹介によると、
『選手の経験は浅いが、バッテリーを含め守備練習に時間をかけて安定してきた。まずは1勝を目指す。』
こちらは部員数10人で、行進中にアナウンサーが
『残念ながらケガの為、人数が揃わず一回戦は不戦敗です』と喋ってました。
スタンドに座っていた石薬師のキャプテンは、
この台詞を聴いて何を考えたのでしょうか。
合同チームの結成でしょうか。
二高校合わせても8人止まりで、結局は辞退となってしまいますが。
私が同じ立場なら右手にプラカード、左手に校旗を持って一人行進を決行した事でしょう。
スタートでつまずいたこの夏は、試合に集中できません。


カテゴリ:同級生

終始無言

投稿日:2013/07/21
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後輩の結婚式二次会の司会をしました。
幹事発案の余興で「触って触って誰でしょうゲーム」がありました。
目隠しをした新婦が、上半身裸の五人の男を触って新郎が何番かを当てるという、
どう処理すれば正解なのかが解らないゲームです。
嫌がる新婦を叱り付け、文字通りケツを叩いてゲームは始まりました。
目隠しを装着する間に、新郎に裸になる事を命じ、カモフラージュの四人を指名して裸にさせました。
新郎は自衛官で体格が良いのですが、参加客側にも自衛官やら野球部あがりやらが多数おり、
割と似通ったお調子者達に強制的な協力を求めました。
下手から「新婦」「司会」「裸五人」と並びました。
スポットライトの中、一番から五番までの胸を新婦に触らせます。
腹を括った新婦は、歯を食いしばって一番の胸をピタピタと触って頷きます。
二番を触って「違う」と呟きます。
三番を触って首を傾げます。
四番を触って「う〜ん」と悩みます。
五番を触って「柔らかい」と笑います。
新婦に答えを発表させると
「三番がイイ身体だなあと思いましたが、答えは一番で!」
と力強く宣言します。
新郎は三番でした。
会場は溜め息や失笑に包まれます。
最前列の新婦友人は涙目になっています。
目隠しの新婦も状況が解らずアワワアワワしています。
取りあえず二番と四番と五番は席に戻して、仕切り直しとなりました。
司会「さあ第二回戦です!」
新婦「二回戦?」
司会「心の準備は良いでしょうか?」
新婦「私、間違えました?」
司会「アナタにもう一度チャンスを与えます」
新婦「…ありがとう…ございます」
司会「今から一番と三番と六番の…」
新婦「六番?」
司会「うるさい!一番三番六番で再チャレンジです」
私は喋りつつ服を脱ごうとしましたが、首の笛が引っ掛かってしまい冷や汗が出ましたが、
最前列から涙目の女性がサッと助けてくれて、無事再スタートです。
何かを確かめる様に一番をじっくり触る新婦。
終始無言。
三番もじっくりと触ります。
終始無言。
六番の胸に手を当てた瞬間「嫌!」と叫びました。
立ち位置を替えて何が嫌だったのか聞くと
「冷たかったから」と言い、
「答えを変えます!三番で!」と答えて会場はとても盛り上がりました。
私だけは淋しかったです。


カテゴリ:同級生

古文先生

投稿日:2013/07/20
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22年振りにS先生と会話をしました。
高校2年の時に、古文を習っていた若い女性の先生です。
湘南爆走族の江口の恋人の津山さんに似てました。
ストレートの長髪と眼鏡と高い身長で、男子生徒からの人気は絶大だった様に思います。
特に男子限定クラスの通称「男(ダン)クラ」での熱狂振りは引く程で、
授業前のトイレは、おめかしに励む馬鹿達で混雑していました。
年寄りの多い教師陣の中で、唯一の若い女性教師な上、綺麗で優しい先生でしたので、仕方ない事でしょう。
授業での「いとおかし」やら「レ点」やらは、コチラの頭の都合上全く面白くはありませんでしたが、
蛍が飛ぶ所を知ってる話をされた事を覚えています。
どういう流れでかは忘れましたが、授業中のこぼれ話の中で、
先生の家の近くに蛍が舞い飛ぶ小川があり、
小さい頃から毎年その蛍達を眺めるのが好きだと言ったのです。
「見てみたい」と呟いたある女生徒に「案内してあげる」と返す先生。
私も「俺も見たい!Sちゃん案内してや!」と声をあげました。
女生徒は「私は遠慮します」と小声で言い、変な空気のママ授業が再開されました。
授業が終わり、逃げるように職員室へ帰るS先生。
私は職員室の中へ入ってS先生に「Sちゃん、で、どこで待ち合わせすんの?」と聞きました。
S先生は私の袖を掴んで廊下へ連れ出し
「○○君さあ、あんな可愛い彼女おるのに、悲しませたらダメ」
と諭してきました。
当時の私の彼女もS先生に古文を習っており、
単純に蛍の乱舞を見たかっただけの私は驚きましたが、
何故か一人の男として扱われた気がして
「せやな、ほな止めとくわ、又来年かなあ」
と答え
「またまたーお幸せに、場所教えようか?」
「ええわー」
で終了しました。
S先生が職員室に入る扉を開けると、独身の男性教師数人が、聞き耳を立てているのが見えました。
学校では「私がS先生を職員室で口説いたが断られたらしい」の噂が流れました。
それから二年後、S先生はお見合いで結婚されて教師を辞めたと後輩から聞きました。
先日、卒業名簿で先生の実家に電話をかけてみると父親が出て、
「教え子の○○です」と名乗ると、今日たまたま30分後に帰ってくるからと教えてくれました。
再び電話をかけるとS先生が出ました。
「○○君?何年振り?元気?覚えてるさー顔も解るよー野球部やったよねー私?49才九つ上、今?宇都宮に住んだり海外に住んだりして、今年の3月に三重の四日市に住みだしたん、旦那?そうそう彼の仕事の転勤で、子供?医大を目指して只今勉強中」
と昔よりよく喋ってました。
「蛍は見てるのか?」の質問には「来年こそ」と答えました。


カテゴリ:同級生

予定調整

投稿日:2013/07/14
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高校の同窓会の開催を画策して数日が立ちました。
会場を決め、日程を決め、時間を決め、会費を決めと
色んな事を決めているのですが、
誰に相談する訳でも無くスパスパ勝手に決めてっています。
最初『日程はどちらの日にするか』の質問を何人かにしたら
「3日が良い」
「4日が望ましい」
「3日しか無理」
「出来れば4日に」
「どちらも無理」
「その時は日本にいない」
「どちらでも良いが夜に」
「本当にやるの?」
「4日でしょ」
「2日にして」
「二日間もするの?」
と、てんでにばらばらな解答で、
『人間とはこんなにも色んな意見を述べるのか』と、逆に感心したのです。
全員の意見に合わせるのは無理ですし、
話が前に進みませんので、一切シャットアウトの方針に切り替えました。
出欠のハガキを送る前に、
それぞれに心構えをしておいてもらいたいので、
決定事項を事前に拡散する様に何人かに頼みました。
そもそも卒業したのは22年も前ですし、
その頃は携帯電話やメールもありませんでしたから、
数人を除いては連絡先を知りませんが、
出欠はともかく、最終的に全員に開催の件は伝えねばと思っています。
タイムラグとネットワークの強さにより
数人からの発信の末
「初めて聞いた人」、
「未だに伝わってない人」
「三方向から連絡が着た人」
等が生まれていのが面白く、
何かのバロメーターになりそうです。
誘い合って、教え合って、予定を調整して貰って、参加者が少しでも増えれば良いなと思ってます。
そして今日、重大な事実に気づきました。
私自身はまだ一度も誘われたり教えられたりしてません。
誰からもです。
大丈夫なんでしょうか。
誘われたいです。


カテゴリ:同級生

母校協力

投稿日:2013/07/07
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同窓会を開く計画を立てました。
高校の同窓会で、卒業以来一度も開かれてません。
ひょっとして開かれたのかも知れませんが、私は呼ばれてはいません。
個人的に私の場合は、会いたい奴には会ってますし、
取り立てて会いたい奴もいないのですが、
何故かおもむろに決行の心境になったのです。
仲間内で盛り上がっての計画ならば、
まだ相談相手もいるのですが、
自分発信ですので、サポートしてくれる仲間探しからのスタートです。
とりあえず日付や場所は未定の状態で、数人に声をかけますと、
お調子者の彼らが更に声をかけ、瞬く間に転がりだしました。
私は卒業アルバムや同窓会名簿を見て、
住所不明者や物故者を洗い出したり、顔を確認したりの作業に入りました。
AからJの10クラスの同窓生の内訳は、
連絡先が解っている奴…14名
顔と苗字が一致した奴…48名
顔を覚えてる奴…87名
の悲惨な状態でしたので、母校に電話をしてみました。
「はい○○高校です」
「卒業生なんやけど、今度同窓会を開くんやわ。
体育館貸してとは言わへんのやけど、
連絡先解らん奴が多いもんで、
最新の名簿リストみたいなん貸して欲しんさな。
なんせ連絡先解る奴が14人やろ、一致すんのが48人、で顔覚えとるのが87人しかおらんだもんでさ。」
「…あの…プライバシーの保護の観点もありまして…お教えする訳にはいかないんです…」
「何で?」
「…あの…プライバシーの問題と…お宅様がどちら様かも存じ上げてませんし…」
「解った解った、ほな今から行くわ」
「…あの…お越しになられましても…難しいかと…」
「何で?何処の誰か解ったらええんやろ?」
「…はあ…」
「いかんの?」
「…あの…今…テスト期間中でして…」
「テスト関係無いがな」
「…あの…同窓生担当の○○先生が…」
「○○先生言う人が担当なんやな!担当なんかあるんや!ほなちょっと替わって!」
「…あの…ですから…○○先生は…」
「ほう」
「帰ってしまいました」
「…何やそれ」
母校の協力は諦めて、自力で頑張る決意をした次第。


カテゴリ:同級生

秀樹夫妻

投稿日:2013/07/06
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後輩が結婚するんだそうです。
一学年下で連絡先も知りませんが、噂によればずっと彼女もおらず、
仲間内では最後の独り者だったらしく、
後輩達が「披露宴の余興をどうするか」と、盛り上がっていました。
いよいよ二週間後に本番が差し迫った日に、
どういった流れでかは解りませんが、
幹事の後輩から二次会の司会を依頼されました。
相変わらず二つ返事で了承したのは良いのですが、
新婦の氏名は元より、後輩の下の名前すら知りません。
馴れ初めや人となり等も当然知りません。
下の名前は秀樹なんだそうです。
十日位前に初対面の新婦側の幹事二人、
新郎側の後輩幹事二人と私の合計五人で夜に打ち合わせをしましたが、
「へえーアイツ秀樹って名前なんやー秀樹っぽくないなあー」と言いながら『秀樹』とメモをする私を見て、
女性陣は口数がほぼ無くなっていました。
A4一枚のフローチャートを渡されましたが、
結局一度も目を通されぬままに、当日を迎える事となりました。
ええ今日です。
お日がらも良い本日に、秀樹と誰かの夫妻は猿田彦神社で式を挙げ、鳥羽のホテルで披露宴、
その後伊勢のレストランで二次会となるんだそうです。
おめでとうございます。


カテゴリ:同級生

複数注文

投稿日:2013/06/26
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大人になったと思う瞬間は人それぞれだと思います。
私の場合はついこの間、違う形で実感をしました。
同級生数名と、とあるファミリーレストランに入りました。
普段から外食の少ない私としてはファミリーレストランの記憶があまりなく、
唯一の思い出は20代前半の頃友人と2人で当時安いと言われていた、
「ジョイフル」へドリンクが150円になるクーポンを握りしめ、
普段摂取することのない「果汁」を重視して飲み物を定め、
2人で分けて食べられる安価な何かを注文し、
5時間程居座り続けると言うものしかありませんでした。
それ以来、友人とファミレスに来ることはありませんでした。
皆、それぞれメニューをパラパラめくり選定をしています。
私としては「え?ファミレスってこんなに高かったっけ?」という思いで、
何が一番ベストかを探りながら同様にメニューをめくっていました。
私の場合の一番ベストは「安くて、お腹も満たされて」というものです。
例えば「ハンバーグ980円」となっていても、
ハンバーグだけ食べるわけではありません。
やはりそこにはライスやらスープやらをくっつけないと
食事として成り立ちません。
ライスセットが290円ならば、その時点で1,270円となります。
私の中で1食が1,000円超えることを歓迎していません。
一番安いのがサラダですが、サラダだけ頼んでも
「どうした?」と言われるだけです。
皆もパラパラめくっているので
「俺が勝手に店を選んだけど高いから皆迷ってる
んだ、すまない・・」との思いでいっぱいになりました。
何回目かのパラパラで3つ候補が上がりました。
1.サンドウィッチ(見た目もボリュームがあり、お腹も膨れそうだから)
2.ラーメン(それだけで完結する食べ物だから)
3.パスタ(それだけで完結する食べ物だから)
一応、どれも900円以内で何とか収まるものばかりです。
しかし、ファミレスでラーメンってどうなん?という思いから、
1か3、やっぱりお腹膨れる1かな?くらいの思いでいました。
いよいよ注文する時になり同級生の1人が
「サンドウィッチとコーヒー」と頼んでいました。
そうです、サンドウィッチにはコーヒーを足さないとおかしなことになります。
私はコーヒーを考えていなかったのでひどく焦りました。
もう1人の友人は「鶏の黒酢ソースと、冷やし中華とライス大盛り」
という注文をしていました。
その他の友人も2品3品と単品を自分で組み合わせて注文をしています。
また、飲み物も「フリー」ではなく「単品」での注文ばかりです。
パラパラとメニューをめくっていたのは単に注文数が多かったからでした。
私に残された選択は「3.パスタ」だけです。
注文後、同級生たちの頼んだものが続々とテーブルに並び
一気に華やかになりました。
私の頼んだパスタは1品だけのくせに一番遅く、
そして一番早く食べ終わりました。
追加で「チョコレートケーキ」を頼んだ大馬鹿者もいました。
「皆、大人になったんだな・・・」と40才になり初めて痛感しました。


カテゴリ:同級生

吉川寅泰

投稿日:2013/04/25
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チェッカーズが人気だった頃、騒ぐ同級生の女子に対して
「こんな喧嘩弱そうなヤツがカッコええんか?」と思ったことがあります。
女性の方々はどのように同性を見ているのか分かりませんが、
私の場合、同性に対しては
「喧嘩が強いのか、否か」という判断項目を持っています。
別に「強かったらどう」とか「弱かったらどう」とかはありませんが、
必ずこの項目は一度は考えます。
当時のチェッカーズは藤井フミヤでした。
ですので『前髪を垂らしてでかい服を着た小さい人達』の認識で、
他は名前すら知りませんでした。
当時のチェッカーズでバトルロイヤルをしたら、高杢とクロベエが勝ち残ったハズです。
チェッカーズで思い出しましたが、
その後人気のあったジュンスカなども、とても喧嘩が弱そうでした。
ジュンスカことJ(S)Wは、『ロンTを着てる小さな人達』なイメージでした。
そう考えると基本的にバンドで人気を得た人たちは喧嘩弱そうな人が多いように思います。
そんな中パーソンズのジルは女性ですが、何故か喧嘩が強そうです。
相撲とかなら、フミヤを軽く投げ飛ばしそうな気がします。
他に喧嘩が強そうと思うのはデカイ布袋寅泰とか、足が上がる吉川晃司とかで、
見た目の圧迫感だけでも、そうとうな力を発揮しています。
そうなるとコンプレックスはあまり敵に回したくないユニットと言えるでしょう。
音楽業界から抜け出して考えてみると、
水道橋博士が書いていたのは「草野仁最強説」です。
確かにガタイは良さそうですが、横の動きに弱そうなので
足へのローキックで、コツコツと確実にダメージを与えれば、ドウと倒せそうな気がしないでもありません。
よく昔悪かった的に伝えられる薬丸などは、いとも簡単に倒せそうな感じです。
それは今は良きパパ像を演じているから、ではなく、
昔から細くて小さくて何よりパーマのイメージなので、喧嘩が強いとは思えないわけです。
そうなると私の判断基準は「デカイ」「体つきが良い」などの外見部分で、
結構決めている節があります。
それはやはり子供の頃にかかさず見ていたプロレスや相撲に通じる部分があるからでしょうか。
身体の大きい男どもが投げ合い、ぶつかり合いをしている様は、
強いとはこういうことなのだ、という根底を植え付けるのにピッタリの教材だったのです。
かつて『アンドレとタイソンが本気で戦ったらどっちが勝つか?』
で大喧嘩になりましたが、
『千代の富士』を押す奴にたしなめられた過去があります。
その頃からの性分なのでしょうか。


カテゴリ:同級生

背広復活

投稿日:2013/04/19
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男のオシャレはパンツから、と言いますが
大人のオシャレは、やはりジャケットからではないでしょうか。
ジャケットという響きに触れるのは、
高校の制服がジャケットかどうかによって違ってきます。
ただ、高校時代のジャケットは下に履くズボンが大抵チェック柄が多く、
ジャケットとズボンでは違うテイストになっています。
イメージとしては「ボンボン」であり、大人とは違った方向となります。
私は高校時代、学ランでしたので、最初にジャケットに触れたのは成人式でした。
まさに大人の階段登り始めの時です。
当時、ヘビーローテだった赤ジャージで成人式も参加するつもりでしたが、
先に手を打ってきた母親に「スーツを買ってあげるから」という事で
紳士服店に連れていかれ、店員に勧められるままの色・形を購入しました。
もちろん、ジャケット裏のポケット部分には名前の刺しゅうを当然のごとく施しました。
スーツに触れたのはその時だけで、その後の何年間は赤ジャージで過ごしていました。
年を経て、私も普段からスーツを着るような状況になってきましたが、
スーツというのは大抵すぐにヘタるものです。
一番ヘタりが早いのがジャケットです。
ジャケット着用のまま車を運転するとシートベルトでジャケットがこすれ、
そこだけテカテカと光るようになります。
他の人に「スーツのここ・・・」と指摘されたら、もうそのジャケットは着られなくなります。
別に破れたわけでも、穴が開いたわけでもないのに、
着用を制限しなければならないのが切ないわけです。
しかもスーツはセットですので、ジャケットだけ変更できません。
変更した場合は、高校生のようなボンボンスタイルは否めません。
そうなるとズボンは履けても、そのスーツはクローゼットの奥へ追いやられるのです。
スーツは安い買い物ではありません。
そこで思い出したのです、成人式の時のスーツの存在を。
20年ぶりに対面したそのスーツは、黒でもない、灰色でもない、緑色でもない、
何とも言えない色合いをしていました。
こんなんやったっけ?と思いながら着用すると、どうにか入ります。
おかしくないか鏡に写すと、そこにはビートたけしの映画に出てくるような
ヤーさん役のような自分が立っていました。
ジャケットだけを変更して高校生のようなボンボンスタイルをするか、
ヤーさんのようになるか。
どちらもアウトな感じですが、無いより有る方がマシだと思い後者を選択しました。
20歳の頃の私は、店員にどのように見えていたのでしょうか。


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母校校歌

投稿日:2013/03/29
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母校の小学校の校歌が変わっていました。
唯一歌える校歌でしたが、もうその学校は存在しないのです。
生徒数の減少に伴う合併で校名が変わったのは知っていましたが、
同じ場所に同じ姿で建っていましたので、
今まで気付かずに過ごしていました。
母校が無くなる非常事態なのに、
卒業生の私には何の報告・連絡・相談もありませんでした。
そう言えば同じ母校の中学校の方は、
校舎は既に取り壊されて、グランドだった所に介護施設が建っています。
その時も何の通達もありませんでした。
確か中学の卒業前に、グランドの片隅にタイムカプセルを埋めたのですが、
最早掘り返す事は不可能となりました。
しかし、様変わりっぷりがデカすぎるので、淋しさは皆無です。
一方小学校は、未だに当時の遊具や植木やネットなんかも残っているので、
「俺の学校は?」と錯覚して残念に思うのでしょうか。
中途半端に過去を維持されると、やはり郷愁に駆られますが、
面影ゼロ、となるとこちらも思いようがない訳です。
同窓会で15年ぶりに出会った初恋の人が、
ひどく様変わりしていた際に、少しでも面影があれば
「あの頃は可愛かったのに・・・」と思わずにいられませんが、
誰かすら分からないようになっていれば、別人として受け入れられるのです。
私の同級生のマツヨシは、通っていた小・中・高と全ての学校が廃校になり、
「俺の母校、全部ないんさ」と言った顔は、別段淋しそうではありませんでした。
ここまでくると、むしろ潔ぎよしとしか思いようがないのでしょう。
それよりも、私の知人は同級生と戯れで母校を訪ね、
当時の担任に運よく出会い、自分たちのことを覚えているか聞いたら、
知人のみ「この子は覚えていない」と言われました。
母校がなくなるより、こちらの方が淋しいのではないでしょうか。
学校の先生、優しいウソってあるんですよ。


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